だれそれ太鼓

八丈太鼓はなみずきの奏子です。

島では、太鼓の響きを「だれそれ太鼓」と呼びます。あの人の太鼓、この人の太鼓。同じ曲を打っていても、誰が打っているかが音で分かる。今川健司先生は、これを「個のひびき」を大切にしてきた伝統だと書いています。

同じ文章に、こんな話が出てきます。大賀郷の盆踊りで、島のたたき手が自分で楽しんで打っていたら、自然に人が集まってきて輪が広がった。強制でも義務感からでもなく、自ら味わい楽しむこと。そのすがたに人は魅せられていく。

私はこの一節を、ずっと手元に置いてきました。

はなみずきは、そろい打ちをしません。

2000年に活動を始めて26年。2013年に港区へ拠点を移して13年。

メンバーの数は、ほとんど変わっていません。

今年の八丈島芸能文化祭に出演したメンバーを、あとから振り返りました。「たたいてみよう八丈太鼓」に参加した人、学生スタッフ、子どもたち。気がついたら、その人たちが舞台に立っていました。

そういう設計をした覚えは、私にはありません。

8月の石投げ踊りのワークショップには、ストックホルムで活動する太鼓打ちの方が参加しました。同じ日、太鼓の真ん中にカメラを置いて、VR動画を撮りました。360度、どこからでも見られます。

SNSや動画で使っている音楽はAIで作りました。ウェブサイトは自分で書いています。Discordで海外や若い層とつながろうとしています。

八丈太鼓には、変わらないリズムを刻む下拍子と、その上に自由に乗る上拍子があります。八丈島がそのままの下拍子だとすれば、竹芝でやっているのは上拍子です。コードも、映像も、VRも、私たちが手にした現代のバチだと思っています。

ただ、VRを撮ってみて分かったことがあります。

八丈島の盆踊りの、あの薄暗さは写りません。蛍の光や星空と同じで、高価で明るいレンズがなければ捉えられない。デジタルで発信するほど、現地に行かなければ分からないものが、はっきりしてくる。

写せないものを写そうとして、写せないことが分かる。それでも撮り続けています。

竹芝は埋立地です。八丈島へ向かう船が出る港でありながら、江戸時代から続く郷土芸能の土台を持ちません。八丈島には、太鼓が生まれて育った必然がある。竹芝にはない。

島で成立していた原理が、なぜここで動いているのか。

揃えていない。増えていない。それでも13年続いている。

デジタルは現地を代替しないのに、デジタルをやるほど現地が近くなる。

私は26年間、当事者としてこの現象のど真ん中に立ち続けてきました。

記録は山のようにあります。

13年分の活動記録、参加者名簿、イベントごとの映像、こども八丈太鼓の予約データ、イベント参加者がいつどう参加したか、助成事業の実績報告書。ワークショップの申込は毎回定員を超えます。誰がどこから来て、どこへ抜けていったか、だいたい追えます。

しかし、これらを貫く「なぜ」を説明できる言葉を、私はまだ持っていません。

来年の八丈島遠征は、はなみずきのメンバー以外にも声をかけるつもりです。9月にはVR動画で演奏の試験撮影をします。ストックホルムとの交流も、これからです。

終わった話ではありません。これから起きます。

私たちはアマチュアです。誰かに頼まれてやっているわけではないので、好きなだけやります。

島の文化が、島でない土地で根を張るとき、何が起きているのか。

揃えない集団が、なぜ続くのか。

デジタルは、文化との距離を縮めているのか、広げているのか。

答えが出ないまま、それでも私たちはこの場所で太鼓を打ち続けています。

竹芝は、開いています。