コラム・エッセイ

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和太鼓の現場で、デジタルと人がつながる

八丈太鼓はなみずきの奏子です。最近、現場で見えてきたことがあります。今の学校教育では、プログラミングや英語が必修になりました。私たちが学生だった頃とは、学ぶ内容も難易度も大きく変わり、子どもたちには高いITリテラシーが求められる時代になった...
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ふれあう、ということ——祭り、太鼓、そして防災のこと

八丈太鼓はなみずきの奏子です。最近、港区のあちこちで「ふれあい祭り」という名前の祭りを見かけます。芝浦、港南、竹芝。地域によって内容は違っても、「ふれあい」という言葉が、何度も繰り返されています。最初は、それが何を意味しているのか、正直、よ...
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いつの八丈太鼓を、残すのか

八丈太鼓はなみずきの奏子です。ひとつ、仮定の話をさせてください。もし八丈太鼓が、太鼓の演奏そのものとして無形民俗文化財に指定されたら、どうなるでしょうか。現在、八丈島の芸能は文化財として位置づけられています。昭和27年に「八丈島の民謡」が東...
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体験を「解凍」する —— 音楽・映像・VRで遺す、八丈太鼓の熱量

八丈太鼓はなみずきの奏子です。7月18日、品川駅港南商店街の「港南夏祭り こども縁日」に参加しました。八丈太鼓の体験コーナーには、たくさんの子どもたちが来てくれました。「もう一回!」最後の締めを叩こうとしても、まだ叩きたい子どもたちが並んで...
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『八丈太鼓○%』という生き方

――自分を裁かないための、ひとつの問いかけ八丈太鼓を叩いていると、ふと、言葉にならない不安に捉われることがあります。「自分は、正しい八丈太鼓を叩けているのだろうか」「自分は、どこまで認められているのだろうか」「伝統か、アレンジか」「本物か、...
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だれそれ太鼓

八丈太鼓はなみずきの奏子です。島では、太鼓の響きを「だれそれ太鼓」と呼びます。あの人の太鼓、この人の太鼓。同じ曲を打っていても、誰が打っているかが音で分かる。今川健司先生は、これを「個のひびき」を大切にしてきた伝統だと書いています。同じ文章...
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RESONANCE 〜響きは消えない

八丈太鼓はなみずきの奏子です。ここしばらく、頭から離れない光景がありました。太鼓を一打した瞬間、その音が水面に落ちた雫のように広がっていくイメージです。小さな波紋が隣の誰かに届き、その人が返した音が、また別の誰かへ届く。やがて、その波紋は大...
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都市に文化を「植える」ということ

東京・港区。高層ビルが立ち並び、日々新しい街並みが生まれるベイエリア(竹芝・芝浦・港南)。私たちは2000年に活動を始め、2013年に港区へ活動拠点を移しました。以来、竹芝・芝浦・港南を中心に、東京の島しょ文化である八丈太鼓を通して、人と人...
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人と人のつながりを支えるDXへ

港区への現場からの提案八丈太鼓はなみずき代表の奏子です。この春、私は港区に二つの提案を「区民の声」として届けました。一つは、オンライン決済導入時に課題となる特定商取引法上の住所公開問題。もう一つは、港区のキャッシュレス決済サービス「みなトク...
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第10回八丈島芸能文化祭・事前学習

【コラム】境界線の1950年――『南海タイムス』から読み解く八丈島芸能祭の夜明け @page { size: A4; margin: 20mm 18mm; background-color: #fdfbf7; /* 落ち着いた生成り色の和紙...