体験を「解凍」する —— 音楽・映像・VRで遺す、八丈太鼓の熱量

八丈太鼓はなみずきの奏子です。

7月18日、品川駅港南商店街の「港南夏祭り こども縁日」に参加しました。

八丈太鼓の体験コーナーには、たくさんの子どもたちが来てくれました。

「もう一回!」

最後の締めを叩こうとしても、まだ叩きたい子どもたちが並んでいる。

「アンコール!」
「アンコール!」

その声に押されるように、太鼓は鳴り続けました。

予定していた終了時間は19時。

でも、子どもたちは帰ろうとしません。

「まだ叩きたい!」

そんな顔をした子どもたちが、次々と列に加わっていきます。

そこで祭りの担当の方に、

「子どもたちが、まだ叩きたいと言っているのですが……もう少し叩いても大丈夫でしょうか」

と相談しました。

すると、快く、

「子どもたちが叩きたいというなら、いいですよ」

と言ってくださいました。

その一言で、もう一度、太鼓が鳴り始めました。

一人叩いて、次の子へ。

また一人叩いて、また次の子へ。

列はなかなか途切れません。

「もう一回!」

「まだやりたい!」

そんな子どもたちの声に囲まれて、気がつけば19時を過ぎ、20時を過ぎ、それでも太鼓は鳴り続けていました。

そして、最終的に終わったのは21時。

予定していた時間から、2時間も過ぎていました。

でも、あの日のことを思い返すと、「2時間延長した」という出来事よりも、

子どもたちが、それだけ叩きたかった。

そのことのほうが強く記憶に残っています。

「楽しいから、もう一回やりたい。」

それ以上に、わかりやすい答えはないのかもしれません。

その日の様子を、Vlogにまとめました。

そして今、私たちはYouTubeで「はなみずきミュージック」として、活動や体験から生まれた音楽も届けています。

今回の夏祭りからも、一曲の歌が生まれました。

タイトルは、

「まつりだよ! – Hachijo Taiko Summer」

です。

「あの音はなんだ」

この曲の歌詞の出だしは、ある学生さんの体験談がきっかけでした。

「改札を出て向かっている途中、遠くから太鼓の音が聴こえてきて……わくわくしながら広場へ走っていったんです」

そのときの言葉が、とても印象に残りました。

だから、その「わくわく」を、そのまま歌詞にしてみました。

ビルの谷間に 提灯ゆれて
遠くで鳴ってる あの音はなんだ
気になる足が 勝手に走る
角を曲がれば もう祭りの中

これは、八丈太鼓の説明ではありません。

その人が実際に感じた「わくわく」を、もう一度呼び起こすための歌です。

知らない場所から聞こえてくる太鼓の音。

なんだろう、と気になる。

足が勝手に向かってしまう。

そして角を曲がったら、そこには祭りがあった。

そんな体験を、歌にしました。

「もう一回!」が答えになる

もうひとつ、実際の光景から生まれた歌詞があります。

子どもの列が 途切れないから
時間なんてもう どうでもいいさ
やめたくないって 顔してるだろ
それが答えだ もう一回!

これは、その日の子どもたちそのものです。

最後の締めを叩こうとしても、まだ叩きたい。

「もう一回!」

また並ぶ。

また叩く。

また並ぶ。

そして、気がつけば予定の時間を大きく過ぎている。

そこには、難しい説明なんて必要ありません。

「楽しいから、もう一回やりたい。」

それが答えなのだと思います。

そして、その光景もまた、歌になりました。

実はあの日、もう一つ嬉しい出来事がありました。

6月に開催した「たたいてみよう八丈太鼓」のバチ作りに参加した子が、自分で作ったバチを持って、お祭りに遊びに来てくれたのです。

そのバチは、6月の日に、学生ボランティアのお兄さんやお姉さんたちと一緒に、一生懸命削って作ったもの。

そして、その日の夏祭りには、6月に一緒にバチを作った学生ボランティアたちも参加していました。

「あのときの子が、自分で作ったバチを持って来てくれたんだ!」

その姿を見た学生たちも、とても嬉しそうでした。

6月に一緒に作ったバチが、7月には太鼓を叩くためのバチになって、またみんなをつないでいる。

一回の体験で終わるのではなく、人と人とのつながりの中で、次の体験へと続いていく。

そんな小さな循環が、確かに生まれていました。

思い出も、文化の一部

私は最近、文化を残すということについて、よく考えます。

伝統文化を残すというと、技術や型、歴史資料などを正確に保存することを思い浮かべます。

それはもちろん大切です。

でも、それだけではないのではないでしょうか。

誰かが初めて太鼓の音を聞いて、わくわくしたこと。

自分でバチを握って、音を鳴らしてみたこと。

「もう一回!」と何度も並んだこと。

知らない人同士が、一緒に笑ったこと。

帰る時間になっても、まだその場を離れたくなかったこと。

そういう一人ひとりの体験も、文化をつくっているのだと思います。

これらの曲は、私たちの思い出です。

そして、

体験の記憶も、文化の一部です。

だから私は、その記憶も残していきたい。

写真だけではなく。

文章だけでもなく。

音楽にして、映像にして。

もう一度、そのときの気持ちを呼び起こせる形にして。

記憶を「解凍」する

完成した曲を聴くと、不思議な感覚があります。

音楽の中に、あの日の風景が戻ってくる。

提灯の明かり。

ビルの谷間。

子どもたちの笑顔。

太鼓の音。

「もう一回!」という声。

そして、終わらなかった夏祭り。

記録しておいたものが、音楽になったことで、もう一度動き始める。

私はそれを、記憶の「解凍」だと思っています。

記憶を凍らせて保存するのではなく、必要なときにもう一度、熱を取り戻せるようにする。

音楽には、そんな力があるのかもしれません。

そして、次は空間へ

私たちは今、この「体験を残す」ということを、さらに先へ進めようとしています。

VRや3D都市データ「PLATEAU」などを活用して、祭りや体験会が行われた空間そのものを記録することです。

たとえば「石投げ踊り」のように、人の動きや位置、周囲との関係そのものが表現になるものは、平面の映像だけでは残しきれない部分があります。

どこで、誰が、どのように動いていたのか。

その場にどんな人がいて、どんな関係が生まれていたのか。

空間ごと記録することで、いつかそこへ「入り込む」ことができるかもしれません。

祭りに来られなかった人にも。

遠く離れた場所にいる人にも。

そして、まだ生まれていない未来の世代にも。

「あの日、ここでこんなことが起きていたんだ」と、その場を追体験してもらえる。

そんな記録の形を、私たちは探しています。

残すことは、終わらせることではない

八丈太鼓は、人が集まり、音を出し、音を返し合うことで生きてきた文化です。

だから、ただ過去の形を保存するだけではなく、これからも誰かが「やってみたい」と思える形で残していきたい。

音楽にする。

映像にする。

VRにする。

その時代にある新しい方法を使って、もう一度、人のところへ届けていく。

7月18日に品川で鳴っていた太鼓の音は、あの日で終わったわけではありません。

あの体験は、歌になりました。

映像になりました。

そして、誰かの記憶になりました。

その曲を聴いた誰かが、

「私も叩いてみたい」

と思ってくれたら、そこからまた新しい体験が生まれます。

記憶を記録し、記録をもう一度、体験へ戻していく。

文化を「凍結」するのではなく、いつでも「解凍」できるようにしておく。

そんな循環をつくりながら、八丈太鼓の熱量を、これからも未来へ手渡していきたいと思います。

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