皆さんは、「八丈太鼓囃子(はちじょうたいこばやし)」という言葉をご存じでしょうか。
かつて、八丈太鼓が今のようにステージで演奏される「主役」になる前、それは祭りの始まりを告げる合図でした。 遠くにいる人たちに「さあ、始まるよ」「こっちへおいで」と呼びかける、いわゆる「人寄せ太鼓」。それが、八丈太鼓囃子の本来の役割でした。
ふと、八丈太鼓の歴史を築き上げた、ある偉大な先人の言葉を思い出しました。 八丈太鼓愛好会の創設者であり、八丈島文化協会の初代会長も務められた、浅沼亨年(あさぬま みちとし)さん――親しみを込めて「みっちゃん」と呼ばれた、あの伝説の方です。
八丈太鼓に携わる者で、彼を知らない人はいないでしょう。もし知らないとすれば、それはまだ八丈太鼓の入り口に立ったばかりの方かもしれません。それほどまでに、島の文化を愛し、人を愛した方でした。
その浅沼さんが、かつてこんなことを仰っていました。 「今は太鼓がメインの出し物(パフォーマンス)だけど、いつかまた、すべてが太鼓囃子に戻っていくのかもしれないね」
当時は、その言葉の真意を深く理解できていなかったかもしれません。でも、今ならわかる気がするのです。
浅沼さんは、誰よりも楽しそうに太鼓を叩く人でした。技術を磨くこと以上に、彼の周りにはいつも沢山の仲間がいて、笑顔があって、太鼓を通じて沢山の人とつながっていました。
島全体の芸能を見渡していた彼が、「太鼓囃子に戻る」という言葉に込めた想い。 それは、決して太鼓の地位が下がるということではありません。
「祭りのメインは『人々が集うこと』であり、太鼓は『人と人とをつなぐための、絆の音』である」
そんな、温かくて本質的なメッセージだったのではないかと、今は感じています。 技術を競い合うことも素敵ですが、音が鳴れば人が集まり、そこに会話が生まれ、縁がつながっていく。そんな「人寄せ」としての太鼓のあり方。
もし、現代の私たちが、もう一度そんな想いで太鼓を叩けるようになったなら。 それは「後退」ではなく、とても素敵な「進化」だと思いませんか?
かつての「人寄せ太鼓」のように、誰かを呼び、誰かと出会うためにバチを握る。 そして、また「絆の音」としての太鼓囃子になっていく。 そう考えると、なんだかワクワクしてきますね。


