和太鼓の稽古場や演奏の場では、「リズムがズレている」「音が合っていない」といった言葉が頻繁に飛び交います。皆で心を一つにする太鼓にとって、リズムの正確さや打点の統一は至上命題。この「正確性」への強いフォーカスが、和太鼓の醍醐味である一方で、音の「質」や「色」、すなわち「倍音」といった話題が後回しにされてしまう理由かもしれません。
しかし、和太鼓の聴く人の心臓に響くあの迫力あるサウンドは、豊かな倍音構成、特に非整数倍音によって成り立っています。そして、その音色を深く追求するうえで、鍵となるのは、メロディ楽器の「音作り」から学べる、ある重要な視点です。
ピアニッシモもフォルテッシモも生み出す「響かせない技術」
実は、和太鼓の重厚な響きこそ、豊かな倍音構成がもたらすものです。
ここで、西洋楽器の王様であるピアノの秘密を見てみましょう。
ヤマハのマメ知識によると、ピアノの弦は鋼鉄製で、ハンマーで打った音は、実は金属的な「シャンシャンというノイズに満ちた音」だといいます。もしこの音をそのまま増幅したら、ピアノは巨大なノイズ発生器になってしまうでしょう。
これを「耳に心地よい楽音」に変えているのが、木製の響板です。響板は、弦の音を増幅する役割がある一方で、「高い倍音成分(ノイズ)」を効果的にカットし、耳に心地よい楽音成分だけを選択して響かせる特性を持っています。
つまり、響板は「響かせるための板」であると同時に、「響かせないための板」でもあるのです。この「不要な音を制御する」という視点こそが、和太鼓の音色を考える上で決定的に重要になります。
和太鼓の胴も「響かせないための板」ではないか?
和太鼓の皮をバチで打った音も、ピアノの打弦音と同じく、本来は非常に多くのノイズ(不快な高い非整数倍音)を含んでいます。
あの、腹に響く重厚な和太鼓のサウンドは、胴の内部に施された特殊な彫刻や、構造によって、「ノイズ」となる高い倍音を抑え込み、低音域の「基音」や「力強い二次倍音」といった、体感に訴える成分だけを強調した結果ではないでしょうか。
太鼓の胴は、ただ音を増幅しているのではなく、ピアノの響板と同じく、特定の不要な倍音を「選別してカット」し、求める音色だけを「抽出して増幅」している、と考えることができます。
正確さの先に追求すべき「音色のデザイン」
和太鼓奏者が音色をコントロールする行為、例えば、バチの素材(堅いカシか、乾いた竹か)を選ぶことや、皮のどの点(中心か端か)を叩くかという打点の制御は、まさに「ノイズを減らし、求める響きだけを抽出する」という、能動的な「響かせない技術」にほかなりません。
和太鼓の演奏は、まず「正確なリズム」を合わせることから始まります。しかし、その先に待っているのは、「皆の太鼓の響きが一つになる」という、さらに深い次元の一体感です。
私たちは、単に「ズレてるか合ってるか」というリズムの正確性だけでなく、「今、自分の叩いた音は、どんな倍音で、どんな響きをしているのか」という「音色のデザイン」に意識を集中させるべきです。
この「響きを制御する」という視点が、和太鼓の表現力を高め、聴き手の心により深く、そして豊かに響く演奏へと繋がっていくでしょう。


