—— 普及の優しさと、失ってはいけない八丈太鼓の言葉
八丈太鼓の魅力を伝えるとき、私たちはよく、
「一人がリズムを刻み、もう一人がその上で自由に音を奏でる」
と説明します。
このとき、リズムを刻む側を「下拍子(したびょうし)」、その上で即興的に音を奏でる側を「上拍子(うわびょうし)」と呼びます。
ところが現在では、島外の和太鼓や組太鼓の表現に合わせて、「下打ち」「上打ち」と呼ばれることも少なくありません。
もちろん、それが悪いと言いたいわけではありません。
八丈太鼓を初めて知る人にわかりやすく伝えたい。島外の人にも親しみを持ってもらいたい。
そんな普及のための優しさや歩み寄りから、言葉が置き換えられていったのかもしれません。
なお、ここで書いているのは、あくまで私自身が見聞きしてきた範囲の話です。私の知る限りでは、主に三根で感じてきたことです。
実際、私が見聞きしてきたなかでは、島外の人にわかりやすく説明するためなのか、本来の「下拍子」「上拍子」という呼び方ではなく、「下打ち」「上打ち」と言い換える場面がありました。
もちろん、これは八丈島全体の状況を語るものではありません。地区や世代、教える人によって、言葉の使われ方は異なるでしょう。
けれど、少なくとも私自身が見聞きしてきたなかでは、八丈太鼓らしい「下拍子」「上拍子」という呼び方が少しずつ使われなくなっているように感じています。
私は、それが少し残念なのです。
なぜなら、「下拍子」「上拍子」という言葉には、八丈太鼓のあり方そのものが表れているように思うからです。
二人の拍子を合わせる
八丈太鼓は、一台の太鼓を二人で打ちます。
二人が太鼓を挟んで向き合い、一方が下拍子を刻み、もう一方が上拍子を打つ。
けれど、これは単純に「土台を打つ人」と「その上で自由に演奏する人」という役割分担だけではありません。
下拍子は、上拍子のための単なる背景や伴奏ではない。
下拍子が自分の拍子を刻み、上拍子もまた、その拍子を感じながら自分の音を出していく。
上拍子が自由に打ち、下拍子はそれをただ支えている。
そんな一方通行の関係ではありません。
下拍子は上拍子の音を聴き、上拍子は下拍子の刻む拍子を感じる。
互いの音を聴き、相手を感じながら、その場で二人の音ができていく。
二人は、ただ「打ち分けて」いるのではありません。二人の拍子を合わせているのです。
ここに、八丈太鼓の大切なあり方があるように思います。
だからこそ、「下打ち」「上打ち」ではなく、「下拍子」「上拍子」という呼び方にも意味があるのではないでしょうか。
「打つ」という行為の名前ではなく、二人が合わせる「拍子」の名前。
下拍子と上拍子。
二人の拍子を合わせて、一つの八丈太鼓になる。
私は、そんなふうに感じています。
分かりやすさの先にあるもの
文化を広く知ってもらうために、わかりやすい言葉を使うことは大切です。
専門的な言葉をそのまま使うよりも、初めて触れる人に伝わりやすい表現に置き換えたほうがよい場面もあるでしょう。
だから、「下打ち」「上打ち」という言葉を使うこと自体を否定するつもりはありません。
八丈太鼓が島の外へ広がり、多くの人が太鼓に触れ、楽しんでくれることは、私自身とても嬉しいことです。
私も、八丈太鼓を広めたいと思って活動しています。
だからこそ、普及のための「わかりやすさ」も大切だと思っています。
ただ、そのわかりやすさのために置き換えた言葉が、いつの間にか元の言葉そのものを忘れさせてしまうとしたら、それは少し寂しいことです。
「下拍子」「上拍子」という言葉があったこと。
そして、少なくとも私が見聞きしてきた八丈太鼓のなかでは、そのように呼ばれてきたこと。
その言葉とともに伝えられてきた、八丈太鼓らしい感覚まで消えてしまう必要はないと思うのです。
私は「下拍子」「上拍子」と呼び続ける
私は、「下打ち」「上打ち」という言葉を使う人を否定したいわけではありません。
それぞれが、それぞれの場で、伝わりやすい方法を選ぶこともあるでしょう。
けれど私は、「下拍子」「上拍子」という呼び方を変えるつもりはありません。
一台の太鼓を挟んで二人が向き合う。
一人がただ土台を打ち、もう一人がその上で自由に打つだけではない。
下拍子と上拍子が、互いの音を感じながら、二人の拍子を合わせていく。
そのあり方が、私は八丈太鼓らしいと思っています。
だから、「拍子」という言葉を大切にしたいのです。
八丈太鼓には、八丈太鼓らしい言葉がある。
その言葉が少しずつ使われなくなっていくのは、やはり残念です。
だから私は、これからも「下拍子」「上拍子」と呼び続けます。
誰かにその呼び方を押しつけるためではありません。
「下打ち」「上打ち」という言葉を使う人を否定するためでもありません。
ただ、私が大切にしたい八丈太鼓には、八丈太鼓らしい言葉がある。
そして、その言葉がこれからも残っていてほしい。
だから、私は変えないのです。
普及することと、その土地らしさを残すことは、きっと両立できるはずです。
たくさんの人に八丈太鼓を楽しんでもらうこと。
そして、その楽しさの先に、八丈太鼓には「下拍子」「上拍子」という言葉があることも伝えていくこと。
二人の拍子を合わせる。
その八丈太鼓らしい感覚とともに、私はこれからも八丈太鼓を伝えていきたいと思っています。

